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糖尿病の人も美味しいものを食べ、楽しい人生を。

ほしの内科クリニック 院長 星野和彦先生
区分:開業医
地域:神奈川
科目:内科一般、糖尿病外来、甲状腺外来

掲載開始:通算アクセス数:870

2007年の開業以来、毎年順調に増患を続けるほしの内科クリニックの星野和彦先生。医者を目指した原点はもちろん、医学部合格までの道のり、当時は注目されていなかった糖尿病という専門科目との出会い。そして今だからこそ話せる開業医としてのターニングポイントを語っていただいた。さらには開業医として成功した今、次に目指すことは・・・?
一人の“医療人”として、等身大の生き方と働きがいがそこにはありました。

開業を目指すなら、「医師になること」を第一に。

桑畑まず、医師を志したきっかけをお聞かせください。

星野和彦先生(以下、星野)私の家は元々医師の家系というわけではなく、いわゆる「サラリーマン家庭」に育ちました。自分の身の周りや家系に医者がいたわけでも、モデルになる人物がいたわけでもなく、どういう人が医者になるのかというイメージも全くありませんでした。中学生の頃に母親から「お医者さんになりなさい」と言われまして。その言葉を真に受けて、よしやってやろうと。

今思えば母親の実家の隣がお医者さんで、街の人から尊敬されているのを見て、母は自分にそんな尊敬されるような人間になって欲しいと思ったのかもしれません。

桑畑どんな子ども時代をすごされましたか?

星野怒られない“良い子”でしたね。大きく道から外れることもなく勉強に真面目に励んでいました。一方で、何かにのめりこむ、熱中するということはありませんでした。部活も「一応入っていた」程度で、部活にのめりこんだら受験に落ちると考えて、意識してのめりこまないようにしていました。大学に入るまでは「道を踏み外してはいけない、遊んではいけない、女性とお付き合いしてはいけない」と本気で考えていました。

桑畑かなり真面目な学生だったのですね。そうやってぶれずに勉強を続けて行く中で、志望大学選びの基準はありましたか?

星野大学受験で浪人していますが、経済的な負担を考えて国公立の大学に入れなかったら違う道に行くと決めていました。志望大学を選ぶ基準も、模試の成績と赤本(大学の過去問)を見て、試験問題の傾向でどこを選ぶか、みたいな感じでしたね。

(写真)ほしの内科クリニック 院長 星野和彦
(写真)ほしの内科クリニック 院長 星野和彦先生

桑畑ということは、あくまで医学部に入学することに絞っていて、大学の知名度や、立地、カリキュラムの特徴に関しては意識しなかったのでしょうか。

星野そうですね。当時はどこの大学も医学部であれば、現在ほど学ぶ環境に差はなかった印象があります。それに振り返ると、医学部であればどこの大学に行っても自分の人生はあまり変わってなかったんじゃないかとも思います。

研究をする場合であれば、大学によって特色がありますので考慮したほうがよいですが、「開業医」ということで言えば、出身大学はほとんど関係ないと思います。患者さんも出身大学を基準にクリニックに来院することはないですし、開業を目指すのであれば、出身大学よりは、「とにかく医師になること」を第一に考えて選択していただきたいですね。

(写真)ほしの内科クリニックの受付、待合室
(写真)ほしの内科クリニックの受付、待合室

当時は糖尿病学を専攻するのは少し肩身が狭かった

桑畑なるほど。同じ医学部でも将来の目的が開業医なのか研究者かによって、大学選びの基準は変わってくるということですね。その後、先生は国家試験にも合格。医師としての第一歩を踏み出されるわけですが、その頃には勤務医・研究医・開業医のどの道に進むか希望はありましたか?

星野いえ、当時はなかったですね。研修をやる中で自分の行きたい・やりたいことを見つけようと思っていました。当時は「大学卒業と同時に専攻を決める」というのが常識でした。
初期研修に横浜市大を選んだのは、地元だからという理由だけではなく、横浜市大だけ例外的に初期研修でいろんな科を回って、そこから専攻を選べる環境がありました。

桑畑横浜市大の初期研修には様々な科目を回れる環境があったのですね。その環境のおかげで現在専門とされる糖尿病を専攻されたのですか?

星野当時は初期研修の2年目が終わってから専攻を選ぶ形だったので、当初胃腸科をやりたくて胃腸科を選択しました。その胃腸科が糖尿病もやっているところで、当時の主任教授である糖尿病の先生に誘っていただいたのがきっかけです。

胃腸には色んな病気や手技がたくさんありますし、学問として面白いと思っていましたが、糖尿病は「薬で血糖値を下げるだけの学問」という印象があり・・・実は学生時代は全く魅力を感じていませんでした。

当時の糖尿病学というのも治療の幅が狭くて、治療薬も非常に少なくて単純でした。誤解を恐れずに言えば、医者であれば「誰にでもできる」と思われている分野だったんです。やはり医者になる以上は学問として魅力的な分野にチャレンジしたかったので、当時は糖尿病学を専攻するのは少し肩身が狭かったんです。


自分次第で患者さんの役に立てるのが
糖尿病の専門医のやりがい

桑畑当時あまり誇りを持てなかった糖尿病を専門にしたのは何がきっかけですか?

星野例えば重病を患った患者さんと接していると、自分がどんなに頑張っても治せないものは治せないという限界も感じました。
それに対して、糖尿病は自分(医師)の力量や関わり方次第で、患者さんの病気をよくすることができる。

薬の使い方のみならず、患者さんへの教育「いかにその気にさせるか」「モチベーションをあげるか」といったことでもかなり変わってきます。それはまだ若かった自分にも「頑張ればこの人の役に立てるんだな」というのを感じられて、そこにやりがいを感じました。

そもそも自分はそんなに手先が器用な方ではないとは常々思っていたので。胃カメラのテクニックで人より抜きん出るということはちょっとできないな、とも思い始めていました。それだったら自分の“想い”とか“シンパシー”みたいなもので病気をなおすというか、ちょっとアート的なところがいいなと思ったんですよ。

桑畑専攻を決めた後、職場を選ぶ基準は何でしたか?

星野今でこそ自分から行きたい先を選んで決められるような形がありますが、当時は医局長なり教授に「あそこに行きなさい」と指名されればそこに行く、と。それが当たり前の文化でした。
横浜市大からはそんなに遠くに行くことはなかったので、主に神奈川、東京の病院を巡って、最後に勤務したのが神奈川県の藤沢市民病院でした。


桑畑これまでいくつか勤めた病院の中で、印象に残った病院はどこですか?

星野朝日生命糖尿病研究所附属丸の内病院というところがありまして、日本有数の糖尿病の病院で、今は朝日生命成人病研究所となっています。ドクターも錚々たるメンバーで、院長は当時の日本糖尿病学会の会長ですし、大学病院と肩を並べるような施設でした。

教授に指名されてそこに4年ほどいましたが、そこは自分が糖尿病を専門でやっていく上では非常にインパクトのある所でしたね。(周囲の方には)随分かわいがってもらいましたし、仕事にしても研究にしても色々と機会を与えてくださって、立派な先生たちに課題を与えられたという素直な嬉しさがありました。許されるならそこでずっと働きたかったくらいです。

大切なのは開業前の準備。
そして真面目に診療を続けること。

桑畑そして再び大学病院へ。そこで開業医を目指し始めたのでしょうか。

星野大学病院では5年勤務し、その後に藤沢市民病院に赴任したのですが、開業を本当に視野に入れ始めたのはそこです。藤沢市民病院OBの開業医の方とのおつきあいが始まってからですね。
「いつかは開業したい」とずっと若い時から考えてはいましたが、それが具体的にその開業医さんの姿を目の当たりにして、非常に身近にというか、自分も近づきたいなと。そういうものがバネになりました。

桑畑開業して9年間、増患し続けているとうかがいました。開業するにあたって大切なことは何だと考えますか?

星野今だからわかることですが、一番最初は事前の準備ですね。立地条件・視認性・競合調査。
あとはきちんと真面目に診療を続けること。途中からは患者さんの“口コミ”が非常に大きく影響してきます。

(写真)患者さんやそのご家族と年に数回開催している散歩会

(写真)患者さんやそのご家族と年に数回開催している散歩会

診療後に患者さんとスタッフの幸せを考えながら
お菓子を食べる時間が幸せ。

桑畑開業して一番うれしかったことは何でしょう。

星野これといった強烈なエピソードはないのですが、日々患者さんが増えていくのは嬉しかったですね。僕にとって今の一番の幸せは、患者さんがここに来て幸せになってくれること。もう一つは、クリニックのスタッフが幸せに、楽しく仕事をしてくれること。
スタッフには既婚の女性が多いので、1日のうち家庭よりもクリニックで多くの時間を過ごしていることになります。彼女たちが生きがいを得られるような時間を共有できるというか、提供したいと思って、日々やっています。


桑畑クリニックの経営において先生の“原動力”は何でしょう?

星野原動力は患者さんの数です。患者さんの数が増えるということは、それだけ患者さんが信用をおいてくれているということに他ならないと思うので、それは自分の活力となっています。一人でも多くの患者さんの役に立てるのはやはり嬉しいものです。

桑畑患者さんの数は、患者さんへの貢献度と捉えられるわけですね。確かにそのクリニックに行くことが“よくなる”と思えなかったら通わないですね。

星野患者さんに「ここに来るときだけが唯一ホッとできる時間なんです」何て言われちゃうと、うちのクリニックの存在価値ってそれでいいんだなと思って。医学的な話だけではなくて、患者さんのいわゆる“愚痴”を聞くのも仕事ですね。
夢中で1日終わってしまう。そういう1日が終わって、患者さんが帰り、職員が帰り、一人になってお菓子を食べている時が幸せですね。

桑畑糖尿病の専門である星野先生の幸せな時間が、診療後にお菓子を食べている時間というのも面白いですね。最後に、先生の今後の展望をお聞かせください。

星野行政から、藤沢市内の「糖尿病の人をいかに減らしていくか」と頼まれることも多くなりました。これからは自分のクリニックを繁栄させるだけじゃなくて、市民一人ひとりのこと、社会のことを考える視点を持って仕事をしていきたいと考えています。

糖尿病の患者さんに対しては、「糖尿病の人は食事制限とか運動とか、つらい人生を送ってそれで血糖値をよくして生きていく」・・・そのようであってほしくないと思っています。糖尿病の人も美味しいものを食べ、楽しい人生を送れる。そんな世の中にしていきたい。そのためにも糖尿病の専門医として貢献して一つ一つ実現していきたいと考えています。

このインタビューのまとめ

  • 開業医を目指すならとにもかくにも医学部に入ること
  • 研修先は様々な科目をまわれる病院がお薦め
  • 「頑張れば患者さんの役に立てる」を実感できるのが糖尿病専門医の喜び
  • 開業医として成功するには、開業前の準備が大切
  • 患者さんが増えるのは患者さんからの信頼の証、それが日々の原動力
  • 糖尿病の人でも、美味しい食事、楽しい人生を送れる社会にするのが使命

星野和彦 プロフィール1993年弘前大学医学部卒業後、横浜市立大学病院臨床研修医として内科全般、救急科、眼科、皮膚科等を担当。1995年より横浜市立大学病院第三内科(現 内分泌糖尿病内科)に勤務。途中、1997年に朝日生命糖尿病研究所にて国内最先端の糖尿病医療を学ぶ。2003年より藤沢市民病院内科(糖尿病・甲状腺・代謝疾患担当)医長。2007年5月14日ほしの内科クリニックを開院、現在に至る。日本内科学会認定医、日本糖尿病学会専門医、日本糖尿病協会療養指導医。

ほしの内科クリニックのご案内

科目 内科一般・糖尿病外来・甲状腺外来
住所
  • 〒251-0052
    神奈川県藤沢市藤沢2-1-18 山本ビル 1F
診療日・時間 月・火・水・金・土 9:00〜12:30、15:00〜18:30
休診日:木・土午後・日・祝祭
電話番号 0466-29-0320
Web
院長 星野 和彦
開業 2007年

※本原稿にある所属先、役職等の記載は2016年11月18日現在のものです

※診療日、診療時間および連絡先などは公式サイトにてご確認ください

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